「違うでしょ」「ちゃんと聞いて」「今、先生なんて言った?」。画面の横から、私は言い続けていました。先生はにこにこして、ゆっくり待ってくれている。それなのに私は、その沈黙に耐えられなくて、子供の代わりに焦って、子供の背中を押し続けた。
そして、子供が泣きました。画面の前で、声を出さずに、ぽろぽろと。先生が「It’s okay」と言ってくれるのが、余計に刺さる。追い詰めていたのは、先生ではなかった。私でした。
レッスンが終わったあと、何も言えなくなって、しばらくキッチンに立っていた。——こういう夜の話を、ご相談の中で何度も聞いてきました。そして正直に言うと、私自身にも、そういう夜があります。
だから、まず伝えさせてください。子供を泣かせてしまったあなたは、子供を傷つけたい人ではありません。ただ、その場で自分が何の役をやっているのか、わからなくなっていただけです。それは、真剣に見ている親ほど、はまりやすい落とし穴なのです。
親が「先生の代わり」になると、子供には逃げ場がなくなる
レッスン中に、私たちはつい、先生の助手になろうとします。先生の質問を日本語で言い直す。答えを小声で教える。間違えたらすぐに直す。全部、善意です。子供に恥をかかせたくないし、先生に申し訳ないし、少しでも多く学んでほしい。
でも、子供の側から見ると、その部屋には「教える大人」が二人いることになります。画面の中に一人、横にもう一人。しかも横の一人は、画面の中の先生より、ずっと怖い顔をしている。先生が待ってくれても、横の大人が待ってくれない。子供が逃げ込める場所は、その部屋のどこにもありません。
泣いたのは、英語がわからなかったからではないと思います。わからないことを、わからないままにしていい場所が、なかったからです。
レッスン中に子供が泣いた日に、親が引き受けるべき役
先生の役は、教えること。間違えた時に直すのも、待つのも、先生の仕事です。では親の役は何か。私は、「見守る」だと思っています。もっと言えば、「この子には帰る場所がある」と、部屋の中に置いておく役です。
役割を分けるのは、親が手を抜くためではありません。子供の安心のためです。教える大人が一人なら、子供は安心して間違えられる。間違えても、横を見れば、評価しない大人がいる。その安心があって初めて、子供は「わからない」と言えるようになるし、「もう一回言って」と先生に頼めるようになります。
以前、体験レッスンで泣いた子について、英会話の体験レッスンで子供が泣いた|同じ母親として、判断の前にお話ししますという記事を書きました。あの記事は、初めての場面で泣く子の話でした。今日の話は少し違います。もう何か月も続けていて、先生にも慣れていて、それでも泣いた。その涙の理由が、画面の中ではなく、横にいた自分だった——そういう日の話です。慣れた場所で泣かせてしまった方が、親にはずっと痛い。だからこそ、ここに書いておきたいと思いました。
今日からできる小さなこと——次のレッスンは、別の部屋で
まず一つ目。次のレッスンは、別の部屋で聞いてみてください。隣に座らず、ドアを少し開けて、声だけが聞こえる場所にいる。何かあれば行ける距離で、でも子供の視界には入らない。それだけで、部屋の中の「教える大人」は一人になります。
始める前に、お子さんにはこう伝えてみてください。「今日はママ、あっちの部屋にいるね。先生と二人でやってみて。終わったら、何やったか教えて」。見張られるレッスンから、任されるレッスンへ。同じ二十分が、まったく別の時間になります。
そして、終わったあとに「できた?」と聞くのは、しばらくお休みしてください。代わりに「先生、今日どんな話してた?」。評価ではなく、興味で聞く。あの日、横に座っていた自分がしていたのは評価だった、と気づく人は多いです。
二つ目。泣いた日の夜は、英語の話をしないでください。謝りたくなると思います。「さっきはごめんね、もっと頑張ろうね」と。でも、「もっと頑張ろうね」は、子供にとってはもう一度の要求です。謝るなら、「さっき、ママ言いすぎたね。ごめんね」だけで止めて、あとは英語と関係ない話をしてください。今日食べたもの、明日の天気、好きな絵本。英語の話をしない夜が、「英語の時間=怒られる時間」を上書きしていきます。
環境の話を一段落だけ。あい子供英会話のレッスンは、先生とお子さんの二人で最初から最後まで完結するように作っています。親の同席は必須ではありません。フルセンテンスで答える練習も、詰まったときに待つのも、言い直しを促すのも、先生の仕事です。お母さんが先生の代わりをしなくていいように、先生の側の準備を、毎月の審査とトレーニングで整えています。
泣かせてしまった夜、私は「なんであんなに言ってしまったんだろう」とずっと考えていました。答えは、たぶん、私がその場で「見守る人」ではなく「もう一人の先生」になっていたから。役を降りるのは、少し寂しいことでもあります。でも、降りた先に、子供が安心して間違えられる部屋がある。
泣かせたのは私だった。そう気づけたあなたは、もう、次のレッスンで役を変えられる人です。一人で自分を責め続けるのではなく、「見守る」という役を、一緒に練習していきませんか。同じように画面の横で言いすぎてしまった母親として、あなたと一緒に、この子の安心を育てていけたらと思います。