帰国した時、娘は3歳になっていました。アメリカのプリスクールでは、いつの間にか自分の名前を書き、色や形が英語で言えるようになっていた娘。日本に帰ったとたん、その環境は消えました。
あらゆるスクールを体験した
グループレッスンの教室に通わせると、周りの子が日本語で答えるので、英語ができていた娘も4か月後には日本語で答えるようになっていました。
少人数の高級スクールは費用が毎月数万円。英語に多くの時間を割きすぎて、他の習い事ができなくなる。英語はあくまでコミュニケーションツール。それは違う、と思いました。
インターナショナルスクールは、英語だけできて日本人としての感覚が育たないことへの違和感がありました。
オンライン英会話も試しました。明るくていい先生は多かった。でも、年齢とレベルに合った教材がない。新しい知識を積み上げていく仕組みがない。
どこへ行っても、求めているものがありませんでした。
フィリピンで聞いた言葉
そのGW、私はフィリピンへ飛びました。アメリカ時代に、私の英語を一人前にしてくれた先生に会いに。
再会した先生は言いました。
「日本のオンライン英会話には、生徒を伸ばすシステムがないのよ。先生は25分レッスンをすれば給料がもらえる。でも、誰もその子の成長を管理していない。私は、本当に伸ばせるスクールを作りたいの」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かがつながりました。
「じゃあ、うちの子で試してみる?一緒にスクールを作ってみようか!」
後から何度後悔したか分かりません。でも、その日だけは、夢と希望に満ち溢れていました。