英語ゼロの主婦がアメリカで引きこもりになった日。あの涙がなければ、このスクールは生まれなかった。【誕生秘話①】

公開日: 2026-04-27

もし10代の私に、この先の話をしてあげられたとしたら、信じてもらえないと思います。

英語のあいさつすらまともにできなかった私が、今、15年間子供たちの英語教育に向き合っているなんて。スクールを立ち上げる前に何百回泣いたか分からない私が、今、「このスクールを選んでよかった」という言葉をいただいているなんて。

今回は、このスクールがどこから生まれたのか、ありのままにお話しします。

突然のアメリカ行き

2011年3月、夫の海外赴任が決まりました。行き先は、アメリカのケンタッキー州。子供は、まだ生後3か月。

一足先に渡米した夫の後を追って、娘と飛行機に乗り込んだ時の心細さは、言葉にできません。それまでの私は、海外旅行といえば学生時代と新婚旅行だけ。英語は、習ったことはあるはずなのに、現地に着いたとたん、何一つ通じませんでした。

「英語できなくても大丈夫」という言葉のウソ

「現地に通訳がいるから大丈夫」と聞いていました。でも、着いてみたら、もういませんでした。夫も仕事に必死で、休みを取る余裕なんてない。

病院の予約をしなければならない。でも、電話の向こうの言葉が何一つ分からない。助けてくれる日本人の方もいましたが、気を使いながら、気を張りながら——。

数か月後には、外にも出たくなくなりました。

引きこもりました。

夫の一言

「日本に帰りたい」と打ち明けた時、夫に言われた言葉があります。

「自分が高校時代、大学時代に英語をサボってきたからだろ。」

傷つきました。私は遊び惚けてきたわけじゃない。私なりに一生懸命やってきた。なのに。

帰る手段も分からないなら、英語を覚えるしかない。そう思いました。

1000時間の独学

オンラインスクールを探し、一人で始めました。乳児の昼寝の時間、夜中の隙間時間を使って、一日5時間。学習時間が1000時間を超えた頃、急にフレーズごと聞き取れるようになりました。前置詞まで。全部。英語の勉強が——楽しくなりました。

「あの時、英語ができていたら」

帰任の頃には、アメリカ人の友人もできていました。帰国の日、モールで友人と泣きながら別れました。渡航した時にあんなに帰りたかったのに、今度は帰りたくない。

もし10代の時に英語ができていたら、どれだけ世界が広がっていたか。

普通に日本で育って、後から英語を学んでも、間に合わないことがある。この子には、同じ後悔をさせたくない。

それが全ての始まりでした。

次の話(第2話)へ

本気で英語を伸ばしたい方へ

まずは無料で授業を体験する

【ご入会検討の方向け】
LINEで無料体験&ご相談🎁

\診断シート&言葉かけマニュアルを全員にプレゼント中!/

※当教室は「少人数制」で一人ひとりに全力で向き合っているため、無料体験・個別相談はご入会をご検討中の方のみお受けしております。情報収集目的のご連絡はご遠慮ください。